2010年10月16日土曜日

樋口さん宅で服田洋一郎さんを囲み楽しい一夜

10/11(振替休日)
昨日、京都に血天井を見に行った夜、樋口さんから電話があった。
「今、はっちゃんが来ているからヤッシーと来やんか?」
はっちゃんとは、あのBLUES KING!日本を代表するギターリスト服田洋一郎氏である。
(服田さんは名古屋〜松阪ライブの後、樋口さん宅で泊まっていたのです。近藤房之助さんも先日樋口邸に泊まっていたし、なんかすんごいなぁ・・!)
僕たちは4Day Marketで年に一度だけ関西方面ツアーで四日市のライブでバックをやらしてもらってるので、とてもお世話になっているブルースゴットなのだ!
(あ〜、しかし、行けなかった・・その時、僕たちは居酒屋でベロベロ、泥酔い状態だったから・・[涙])
そんな昨日の電話を二日酔いの鈍った記憶でおもいだしていたら、とつぜん、樋口さんからまた電話があった。「今夜もまだ、はっちゃんがいるから飲みに来やへんか?」
「イエッサー!必ず行きます!」
服田さん舌好調
夕方「ウコン」を飲み、トランペットの岬ちゃんの車に、ヤッシー、三好さん、ボクの4人でワイン・ビールを買い込んで樋口さん宅へ!樋口さん宅は菰野町の「県民の森」近くにひっそりとたたずむ、まるでペンション/コテージの様な素敵な家なのです。(土地の長さは100mほどある!!ピザ釜もある!スモーク用のでかいドラムカンもある!)
嬉しそうですなぁ!
樋口邸に着くと服田さんはじめ、ブギウギ・アラ還の公平さんもいい感じで出来上がっていた!僕らも恐縮しつつ、ゆう子さん(樋口さんの妻)の手料理とお酒をご馳走になって次第にしたたか酔っ払い、遅れてきた松井さんも加え服田さんとの会話も弾み、とてもいい時間が流れました。家が山中にあるので窓からの冷たい風のなか、樋口さんは薪ストーブをつけてさらに雰囲気つけてくれて・・(ただ、薪ストーブの前に座るフリース長袖のヤッシー(体重103kg)はつゆだく、汗だくだった。)服田さんは昨日、朝の5時まで飲んだ後、夕方の5時まで寝ていたのでこの時間は絶好調(舌好調)!延々、深夜までつづいたのだった

[ボクは土・日・月と二日酔い、午前様が続いてるので、さすがに身体が心配なのです。明日はvee jayにサンレンプスのライブも見に行くし・・ふ〜っ!頑張れ肝臓くん!]

この日、服田さんの了解で先日行われた「京都拾得」でのライブの録音CDを貰ったのだが、バックは塩次伸次さんバンドでとてもテンションの高い最高のライブ録音だった。
翌日、改めて聴き返せば、本当にクオリティーが高いライブで、
特にギターの田中晴之さん、サックスの登さん(スリッカーズ)の音には感動のあまり、鳥肌ものでした。



10/10京都・恐ろし、血天井(Blood Ceiling)

京都の血天井とは、関ヶ原合戦の前に家康が会津討伐に行く間、伏見城を守らせていた徳川方武将の鳥居元忠(約2,000人)が西軍勢9万の総攻撃を受け、会津に行かせまいと奮戦したが多勢に無勢「あいや・・ここまで・・」と力尽き、落城の際に380人以上が自刃。その遺骸は関ヶ原合戦が終わるまで2ヶ月程放置されたので、いくら洗ってもとれなかった血染めの床は、供養のため京都のいくつかのお寺に天井にされ今も残っているそうな・・・と・・
以前、ニール家族と京都に遊びに行った時、夜居酒屋で京都の血天井の話をしたところ、彼の頭の隅には「京都=Blood ceiling」「サムライ・ハラキリ・・」と思っていたらしく、飲むたびに「ソレデ、Blood ceilingハ、イツ イキマスカ?ハラキリ、ブシュ!」とよく言っていたので、
ヤッシー・ヤシエ夫婦、ニール、ボクたち夫婦5人で紅葉前の京都へ行ってきました。
連休で新名神に入るまでが混雑しそうだったので、四日市インター6時半出発!ニールは昨夜2時まで飲んでいたので、「Hangover・・(二日酔い・・)」と疲れ顔の出発。

好天に長袖ヤッシーは汗、汗
ぼくの顔に似ている!頭も似ている!

京都東7時半「早っ!四日市から約1時間かいっ?!」
道中、京都の辻ごとにヤッシーがマニアックな説明を始め出した。彼はひそかに母親の実家が京都で京都通の上、愛読書は司馬遼太郎「街道を行く」など、一度京都や街道を語りだすと、山本リンダである。「もう、どうにも止まらない」
大原に8時前。開門まで30分あるので、人もまばらな閉ざされた門前で記念撮影。朝一の三千院はキンモクセイの匂いの中、人もまだ少なくゆっくり散策しーの、しそ茶を頂きーの・・三千院から


あれは、顔か?
そして、次は本日のメイン「血天井」のある宝泉院へ〜ニールは念願の血天井を前に少し緊張ぎみな様子。宝泉院は¥700の入場料で抹茶、お菓子付、境内の庭園には樹齢700年の老松が庭一杯に枝を広げて、歴史の威圧感が客殿に座る我々にところに「じわ〜」としみてくるのです。そして上を見上げると天井には「うぉっ!」木目の天井に手の跡が・・激痛のうえ指で
こすった様な跡、その近くには足跡も点々と見えるのです。このお寺には20年以上前にかみさんと来たのだが改めて「恐ろし・・」お抹茶を運ばれるお姉さんの「顔の跡は2カ所あります。こちらは顔半分、奥のほうは顔全体が見えます。」
(顔半分の跡はひそかに美男子にみえます。)
顔全体、指の跡・・わかりますか?

枝ぶりもちょっと恐い・・
手、足、顔など恐ろしくも興味深い戦国の跡にただ、ただ合掌・・!
大原を後に銀閣寺「おめん」にて昼食!「おめん」は何食べても美味い!!
ベジタリアンのニールは、しめじご飯、柿の白あえ、揚げ出し豆腐に漬物、そしてビール
ヤッシーも美味そうにビールをぐびっ!ぐびっ!(ヤッシーは痛風だけどおかまいなしなのです。)
ボクたち4人は「名代おめん」の(温)うどん http://www.omen.co.jp/menu.html
ニール、ヤッシーが美味そうにビールを飲む傍ら運転手のボクは「ノンアルコールビール」
を寂しく「チョロぐびっ・・(四日市に帰ったら飲んでやる!)」
昼食後はまず三十三間堂そして本日2件めの血天井「養源院」へ
養源院の入口には大きく「血天井」の看板が・・「お化け屋敷みたいや(恐っ!)」
養源院には切腹して倒れた大将・鳥居元忠の姿そのまま残っていると言う事で興味深々で中に入ると、そっけない案内のおばさんに「奥に進みくださいっ!」と事務的に指示され,
20人程で説明を受ける。説明はカセットレコーダーのスイッチを入れるだけのもので、3カ所ほど院内で移動指示を受け、移動するたびにおばさんのヒステリックなカセットONに意味がわからず、とまどうニール・・「oh~イミガワカリマセン・・ 」おばさんの目を離れ、もう一度血天井をじっくり見直すと、たしかに切腹した人の形がそのまま残っていた。おばさんは竹棒を手に天井を指し、「頭です。」「胴体です。」「伸ばした足です。」(背筋ゾ〜)
(説明はそっけないけど養源院はかなりリアルです。)
リアルな養源院を拝観し、次は紅葉で有名な東山の東福寺へ〜東福寺には血天井はないが東司(坊さんのトイレ)が現存してます。広い境内をみんな疲れ気味な足取り(本日五ケ所目のお寺)で、ぞ〜ろ、ぞ〜ろ
坊さんのトイレ
「もうひと月後なら紅葉がきれいやろなぁ」
「さあ、もうしんどいから早く帰って一杯やろう!」
この日は 三千院ー宝泉院ー三十三間堂ー養源院ー東福寺
四日市に戻り速攻、居酒屋へGo!居酒屋にはコウちゃんも登場し、本日の血天井の話や、戦国時代の話を肴に焼酎を「ぐびっ!」

今宵も酔ってます