2010年10月19日火曜日

元気なおやじ達

10/15は、かなり飲んだ!!
一軒目「ちゃんこ・名瀬錦」2軒目「お好み焼・こふじ」3軒目「立ち飲み・山幸」

とくに「名瀬錦」ではブギウギ50代(フランキーさん、樋口夫婦、公平さん)
40代(ボク、ふくちゃん、徳ちゃん、ヤッシー夫婦)「ボク以外、酒豪の集まりや・・(汗)」定番のみそ仕立て、もつ鍋、多数料理も含め、ビール・焼酎・熱燗etc
名瀬錦は最高!
「全員いったいなんちゅう肝臓しとんのや!!」
ボクは出発前、粉ウコンを液体ウコン(これぞWウコン!)で流し込んできたが、今夜のメンバーではウコン×3でもついていけない・・「ヘパリーゼもいっとこか!」
(やはり想像していた通り1時間程でボクは酔いちきちん!酒に強いふくちゃんはいつまでも変わらず・・)フランキーさんも糖尿病なのに相変わらずの底なし!樋口さんは痛風、ヤッシーにおいては痛風、肥満(103kg)、ヘビースモーカー,時々謎の吹き出物ができたりする・・ミスター成人病でも、いけいけっ!(みんな長生きできやんでぇ!!)
説明を追加
名瀬錦さんの「ちゃんこ」はこれまでに何度も食べているのだが、いつ食べても、「一口入れると、遠〜くに連れていってくれるくらい美味しい!!」毎回うなってしまうのです!

2軒目は50代の公平さんだけ40代に加わり、お好み焼・こふじへ
「こふじ」のオヤジさんの顔は「なんちゃって勝新?」、勝新太郎にどことなく似ている。
普段の客との対応や雰囲気は、ほとんど視線もあわせず、いつも低い声で、無駄口を決して話さない[高倉健っぽい・・?]そんな渋いオヤジさんで、ボクたちはひそかにその渋さに「男の哀愁」を感じてたのだが、なぜか今回、注文時にボクたちに人懐っこい笑顔だったので、嬉しいような、悲しいような、、、(少し、違和感を感じた・・)
そんな「こふじ」でみんなまた一次会の様な注文をする!
(あんなにちゃんこ食べたのに・・とん平に豚玉、コンビーフステーキ!どんな胃やねん!もう深夜やで・・)

山幸で一杯1
3軒目はヤッシー夫婦、徳ちゃん、ボク4人で「立ち飲み・山幸」
山幸では久しぶりに「山幸のマドンナ琴ちゃん」に会い、酔っぱらってベロベロ、ろれつレロレロなのに、ウーロンハイ愛情一杯で心から喜ぶ!!(ボクはアホや・・)
そして、更にヤッシーは今夜あんなに食べたのに、「レバ刺し、牛スジ煮込み、下さい!」
「恐ろしや〜、もう深夜2時頃やのに・・ホントに痛風ですか?・・アッパレ103kg!!」
この夜、山幸から徳ちゃんと千鳥足で家に帰ったのだが、・・・今も道中の記憶が無いのです・・・。

2010年10月16日土曜日

樋口さん宅で服田洋一郎さんを囲み楽しい一夜

10/11(振替休日)
昨日、京都に血天井を見に行った夜、樋口さんから電話があった。
「今、はっちゃんが来ているからヤッシーと来やんか?」
はっちゃんとは、あのBLUES KING!日本を代表するギターリスト服田洋一郎氏である。
(服田さんは名古屋〜松阪ライブの後、樋口さん宅で泊まっていたのです。近藤房之助さんも先日樋口邸に泊まっていたし、なんかすんごいなぁ・・!)
僕たちは4Day Marketで年に一度だけ関西方面ツアーで四日市のライブでバックをやらしてもらってるので、とてもお世話になっているブルースゴットなのだ!
(あ〜、しかし、行けなかった・・その時、僕たちは居酒屋でベロベロ、泥酔い状態だったから・・[涙])
そんな昨日の電話を二日酔いの鈍った記憶でおもいだしていたら、とつぜん、樋口さんからまた電話があった。「今夜もまだ、はっちゃんがいるから飲みに来やへんか?」
「イエッサー!必ず行きます!」
服田さん舌好調
夕方「ウコン」を飲み、トランペットの岬ちゃんの車に、ヤッシー、三好さん、ボクの4人でワイン・ビールを買い込んで樋口さん宅へ!樋口さん宅は菰野町の「県民の森」近くにひっそりとたたずむ、まるでペンション/コテージの様な素敵な家なのです。(土地の長さは100mほどある!!ピザ釜もある!スモーク用のでかいドラムカンもある!)
嬉しそうですなぁ!
樋口邸に着くと服田さんはじめ、ブギウギ・アラ還の公平さんもいい感じで出来上がっていた!僕らも恐縮しつつ、ゆう子さん(樋口さんの妻)の手料理とお酒をご馳走になって次第にしたたか酔っ払い、遅れてきた松井さんも加え服田さんとの会話も弾み、とてもいい時間が流れました。家が山中にあるので窓からの冷たい風のなか、樋口さんは薪ストーブをつけてさらに雰囲気つけてくれて・・(ただ、薪ストーブの前に座るフリース長袖のヤッシー(体重103kg)はつゆだく、汗だくだった。)服田さんは昨日、朝の5時まで飲んだ後、夕方の5時まで寝ていたのでこの時間は絶好調(舌好調)!延々、深夜までつづいたのだった

[ボクは土・日・月と二日酔い、午前様が続いてるので、さすがに身体が心配なのです。明日はvee jayにサンレンプスのライブも見に行くし・・ふ〜っ!頑張れ肝臓くん!]

この日、服田さんの了解で先日行われた「京都拾得」でのライブの録音CDを貰ったのだが、バックは塩次伸次さんバンドでとてもテンションの高い最高のライブ録音だった。
翌日、改めて聴き返せば、本当にクオリティーが高いライブで、
特にギターの田中晴之さん、サックスの登さん(スリッカーズ)の音には感動のあまり、鳥肌ものでした。



10/10京都・恐ろし、血天井(Blood Ceiling)

京都の血天井とは、関ヶ原合戦の前に家康が会津討伐に行く間、伏見城を守らせていた徳川方武将の鳥居元忠(約2,000人)が西軍勢9万の総攻撃を受け、会津に行かせまいと奮戦したが多勢に無勢「あいや・・ここまで・・」と力尽き、落城の際に380人以上が自刃。その遺骸は関ヶ原合戦が終わるまで2ヶ月程放置されたので、いくら洗ってもとれなかった血染めの床は、供養のため京都のいくつかのお寺に天井にされ今も残っているそうな・・・と・・
以前、ニール家族と京都に遊びに行った時、夜居酒屋で京都の血天井の話をしたところ、彼の頭の隅には「京都=Blood ceiling」「サムライ・ハラキリ・・」と思っていたらしく、飲むたびに「ソレデ、Blood ceilingハ、イツ イキマスカ?ハラキリ、ブシュ!」とよく言っていたので、
ヤッシー・ヤシエ夫婦、ニール、ボクたち夫婦5人で紅葉前の京都へ行ってきました。
連休で新名神に入るまでが混雑しそうだったので、四日市インター6時半出発!ニールは昨夜2時まで飲んでいたので、「Hangover・・(二日酔い・・)」と疲れ顔の出発。

好天に長袖ヤッシーは汗、汗
ぼくの顔に似ている!頭も似ている!

京都東7時半「早っ!四日市から約1時間かいっ?!」
道中、京都の辻ごとにヤッシーがマニアックな説明を始め出した。彼はひそかに母親の実家が京都で京都通の上、愛読書は司馬遼太郎「街道を行く」など、一度京都や街道を語りだすと、山本リンダである。「もう、どうにも止まらない」
大原に8時前。開門まで30分あるので、人もまばらな閉ざされた門前で記念撮影。朝一の三千院はキンモクセイの匂いの中、人もまだ少なくゆっくり散策しーの、しそ茶を頂きーの・・三千院から


あれは、顔か?
そして、次は本日のメイン「血天井」のある宝泉院へ〜ニールは念願の血天井を前に少し緊張ぎみな様子。宝泉院は¥700の入場料で抹茶、お菓子付、境内の庭園には樹齢700年の老松が庭一杯に枝を広げて、歴史の威圧感が客殿に座る我々にところに「じわ〜」としみてくるのです。そして上を見上げると天井には「うぉっ!」木目の天井に手の跡が・・激痛のうえ指で
こすった様な跡、その近くには足跡も点々と見えるのです。このお寺には20年以上前にかみさんと来たのだが改めて「恐ろし・・」お抹茶を運ばれるお姉さんの「顔の跡は2カ所あります。こちらは顔半分、奥のほうは顔全体が見えます。」
(顔半分の跡はひそかに美男子にみえます。)
顔全体、指の跡・・わかりますか?

枝ぶりもちょっと恐い・・
手、足、顔など恐ろしくも興味深い戦国の跡にただ、ただ合掌・・!
大原を後に銀閣寺「おめん」にて昼食!「おめん」は何食べても美味い!!
ベジタリアンのニールは、しめじご飯、柿の白あえ、揚げ出し豆腐に漬物、そしてビール
ヤッシーも美味そうにビールをぐびっ!ぐびっ!(ヤッシーは痛風だけどおかまいなしなのです。)
ボクたち4人は「名代おめん」の(温)うどん http://www.omen.co.jp/menu.html
ニール、ヤッシーが美味そうにビールを飲む傍ら運転手のボクは「ノンアルコールビール」
を寂しく「チョロぐびっ・・(四日市に帰ったら飲んでやる!)」
昼食後はまず三十三間堂そして本日2件めの血天井「養源院」へ
養源院の入口には大きく「血天井」の看板が・・「お化け屋敷みたいや(恐っ!)」
養源院には切腹して倒れた大将・鳥居元忠の姿そのまま残っていると言う事で興味深々で中に入ると、そっけない案内のおばさんに「奥に進みくださいっ!」と事務的に指示され,
20人程で説明を受ける。説明はカセットレコーダーのスイッチを入れるだけのもので、3カ所ほど院内で移動指示を受け、移動するたびにおばさんのヒステリックなカセットONに意味がわからず、とまどうニール・・「oh~イミガワカリマセン・・ 」おばさんの目を離れ、もう一度血天井をじっくり見直すと、たしかに切腹した人の形がそのまま残っていた。おばさんは竹棒を手に天井を指し、「頭です。」「胴体です。」「伸ばした足です。」(背筋ゾ〜)
(説明はそっけないけど養源院はかなりリアルです。)
リアルな養源院を拝観し、次は紅葉で有名な東山の東福寺へ〜東福寺には血天井はないが東司(坊さんのトイレ)が現存してます。広い境内をみんな疲れ気味な足取り(本日五ケ所目のお寺)で、ぞ〜ろ、ぞ〜ろ
坊さんのトイレ
「もうひと月後なら紅葉がきれいやろなぁ」
「さあ、もうしんどいから早く帰って一杯やろう!」
この日は 三千院ー宝泉院ー三十三間堂ー養源院ー東福寺
四日市に戻り速攻、居酒屋へGo!居酒屋にはコウちゃんも登場し、本日の血天井の話や、戦国時代の話を肴に焼酎を「ぐびっ!」

今宵も酔ってます

2010年10月9日土曜日

西穂高山行き

行ってきました!北アルプス南部
10/2〜3
メンバー(60歳長老グループ)藤田さん・飯場さん・平松さん
(40歳グループ)杉もっちゃん・ふくちゃん「SEB」・ボク「SEB」計6人
9/30までこの西穂高行きは40代3人だけテント泊の予定でったのだが天気予報は2日目が雨になるとの事で急きょ山小屋泊に変更した。(テント泊は1泊¥500、山小屋は食事付¥9,000・・テント泊用の食事気合い入れてたくさん買っていたのでショックですわぁ!)
コース(注・予定では!)
新穂高ロープウェイ下り口〜西穂高山荘〜西穂道標(2,701m)〜西穂高(2,908m)
10/1〜2の日付の変わる頃に四日市を出発したので、新穂高の駐車場に2日の5時過ぎ到着!

ロープウェイは8時運転開始だが、混雑必至という事で
重いザックを背負い取り急ぎロープウェイ乗り場へ..・・しかし、乗り場は我々一番乗りで
人っ子ひとり無し・・
「ホントに混雑するぅん?誰もまだおらんし・・これならちょっと寝れたんちゃうん・・」
ロープウェイ始発時間までまだ2時間・・退屈じゃ!
とりあえず福ちゃんとザックからバーナーを出し、肉を炒める。
肉をつまみにビールをブシュッ!「今回、松井隊長達はいなくともここはやっぱりSEB!」
福ちゃん、杉もっちゃん、ボクと待ち時間にビール2本づつ飲む。

睡眠時間無しの、どうぞ、こうぞ2時間も過ぎ、
いよいよ新穂高ロープウェイに!
乗り場のザック計量でボクが19k,福ちゃん17k,杉もっちゃん16k、「山小屋泊にこの重量は睡眠不足の身体にはちょっときついかもしれんなぁ・・」
(ちなみに3人とも重いザックの中はほとんど飲食物なのだ!)

天気は快晴!ロープウェイが下り口に近づくにつれ風景が一転、写真で見た事のある北アルプス名山達が
雄大な笠ケ岳
我々の視界に飛び込んできた。
奥には槍ケ岳!

西穂道標から西穂高岳
「お〜笠ケ岳が真横に、しかも目線にある!お〜っ!焼岳!向こうに見えるあの尖った山頂は槍ケ岳!目前には穂高連峰、そしてジャンダルム!圧倒される!oh !take my breath away!誰やねん、おっ、欧米か?」
「ん〜〜!めっちゃ血沸き、肉踊るぅでぇっ!!」

9:00 登山口・長老組を先頭にゆっくりとしたペースで登山開始
登山口から西穂高山荘までは起伏の少ない初心者コースなのだが、寝ていない上に荷物が重い!顔は笑って腹で泣くとはこの事か・・きつっ!
11:00長老組のペースでようやく1時間半のコースを2時間かけ山荘到着

楽しい昼食
「腹減った!さあメシじゃ!」ビールで乾杯をして、福ちゃんはすばやく干物を炙り、ウイスキーのペリエ割り!「よっ、大統領!」「誰がオバマやねん!」
ボクは定番のマルシンハンバーグに超あらびきソーセージを炒める・・杉もっちゃんはフリーズドライの釜飯(これは美味かった)に紹興酒、なんと最年長の平松さん(67歳後半)はウイスキーボトルままに自分で作ったレモン酒につまみたくさん!「SEB(山岳宴会部)もびっくり!」やはり、つかのまのこの時間は最高である!したたか酔い(プラス睡魔が・・)、腹もふくれ(プラス睡魔が・・)、

13時頃ようやく重い腰をあげ、小ザックに替え、とりあえず40代3人は西穂道標、60代3人は丸山を目指し、いざ出発!と登り出したものの、寝ていないうえ、さっき飲んだ酒がきいている・・「ちょっとやばいかも・・う〜っ呼吸がしんどい・・(その上睡魔も襲う)」
目前の山の向こうに西穂道標が見えてきた
40代おっさん達3人はまるでヒマラヤ登山の様な重い足取りでしか登れず、5分登って3分休むという具合で休んでいると、道標から下ってくる登山者達「がんばってくださいねぇ!」と優しく挨拶されるが、その人たちは確実に60歳以上の女性や、小学生・・「う〜なさけなかっ!・・、ち、ちくしょ〜!!しんどい!眠い!」へたれたおっさん3人は何度も休みながらも登っていると、遠く視界に西穂道標、そしてその向こうに西穂高岳!が入ってきた。

ザレた道を1時間ほど行き森林限界、ハイマツ帯を越えとうとう目の前に西穂道標が!
ガスの中から西穂道標が
言葉にすると「うぅっ〜わっ!!」でしょうか?
こんなに角度はないけど恐い岩場
岩場を前に笑み一杯福ちゃん
やっと現れたガレた岩稜に福ちゃん、杉もっちゃんの顔は緩みっぱなし、ボクも興奮!
福ちゃん、杉もっちゃん、そしてボクの順番で岩を登り出したのだが、途中で下を見てしまい、その高度に恐怖感が襲い岩におもわずしがみつく!「しまった!ボクはプチ高所恐怖症だったのだ・・(汗)」
手前-ピラミッドピーク・真ん中-西穂高岳・奥-ジャンダルム
猿ですか?
へたれですか?
なんとかだまし、だまし西穂道標に!眼下には上高地そして、目の前には西穂ピラミッドピーク、西穂高岳、ジャンダルム、奥穂に前穂3,000M級の名峰達!Great!!
ここから西穂高岳までは約1時間半,往復3時間、道もかなりの上級コースなので今の3人には時間と体力的に絶対無理という事で、しばらく絶景を楽しみ山小屋まで下山。

山小屋泊は去年の白山室堂の山小屋のギュッ、ギュー詰めの部屋で覚悟はできていたのだが、今回もやはり8畳ほどの部屋に16〜18人(布団は3人で2枚、畳部屋2列布団敷き!超狭い!)(しかし布団を見ると睡魔が襲う・・もう35時間は寝ていない・・)
「まあ仕方ない・・消灯までに酔っぱらって、速攻に寝たろ・・」テント泊予定だった3人少し気を落としつつも、食事までのひとときデッキで軽く一杯!3時過ぎになると山小屋の外はダウンを着て丁度よい具合の気温で、ビールよりもウイスキーがとても美味かった。

5:30〜6:00夕食

6:00過ぎにあの恐ろしく狭〜い2Fの部屋へ・・
ボクは壁から2番目の布団だったのだが、「きみの隣はたぶん誰もいないよ!」という平松さんの言葉に(小さくガッツポーズ)自分の寝床を確保し(かけ布団、いびき騒音防止のipodなど)ふと横になった瞬間・・・「あっ〜・・睡魔が・・ねむたい・・意識がなくなってゆく〜..」何年ぶり、何十年ぶりに6時に寝てしまった。部屋は暖房がかかりとても暑く、その暑さで16〜18人(何人寝ているか解らないくらいぎっしり)おやじの汗、汗、いびき、寝言、漂う加齢臭、
「う〜、暑い、臭い、」思わず掛け布団を誰もいないはずの壁側にどけると、布団が顔面に戻ってきた。暗い中、目をこらし壁側を見るとボクの顔から10cm位のところに見知らぬオヤジの顔が・・(ぎょっ!たしか隣は誰もいなかったのに・・)堪えきれず反対に寝返るとまた10cm程のところに杉もっちゃんの顔が・・(う〜両側のおっさんの寝息がボクの頬にあたる・・足元の布団も暑い・・)足元の布団を足でどけようとすると、反対側に足合わせで寝る誰かが足をからめてくる!「勘弁しておくんなまし・・」我慢できずに起きるとまだ11時・・トイレでも行こうと部屋を出て1Fに降りると,ロビーで福ちゃんがビールを持ってうろうろしていた。「何しとんの?」「星がめっちゃきれいやで見にくとこなんやわ!」

福ちゃんと一緒に山荘前のデッキに出て夜空を見上げて思わず絶句!「お〜!天の川や!」
満天の星の下、福ちゃんはビールを美味そうに飲み、葉巻を一服・・「ええな山は!」
ダウンを着込む福ちゃん、ボクはTシャツだったので10分程でまたあの「満員電車の様な、おやじ達の部屋」へ〜知らぬオヤジと杉もっちゃんの狭い間に入り睡眠!


翌日5:00起床ー5:30朝食ー6:30頃下山ー8:00ロープウェイ
ロープウェイ途中駅でビールタイム
ごきげんな露天風呂
最後はふもとの新穂高温泉深山荘で露天風呂タイム!(かけながしだよ〜ん)
この露天風呂は川と風呂がひっついているので、熱くなれば川で泳げるいい温泉ですよ。
(福ちゃんはほとんど川で泳いでいた。)

今回行けなかった[SEB・山岳宴会部]の松井隊長、こうちゃん、西やんと次回は是非、西穂高岳山頂を目標にリベンジしたいと、ひそかにおもうのでありました。
温泉横の川で、福ちゃん泳ぐ











2010年10月1日金曜日

御薗神社大幟完成

今日は[御薗神社大幟一式奉納報告祭]に出席しました。
寄進者の小川様
境内は寄進者の小川様はじめ、御薗町、塩浜の方々多数
涼しい秋の夕暮れ前、テレビカメラまで来ていて
厳粛な雰囲気の中、行われました。
思い起こせば、
春過ぎに幟製作のお話を頂いて、7月には石柱の石(佐賀県産)が決まり、
8月(佐賀県産美島石の切り出し)
取り壊し工事
施工工事
9月 御薗神社旧門柱の取り壊し工事
新門柱取付工事
河内木綿大幟製作
末日 完成引き渡し

10月1日大幟一式奉納報告祭

幟製作

4月過ぎから約半年かけての仕事でした。

滞りなく引き渡しも終わり、御薗町の方々にも喜んで頂き、

完成式
「よかった〜!」「よかった〜!」

ほっと一息

2010年9月16日木曜日

10/5はBLUES NIGHTです。ゲスト松っちゃん

さあ4DAY MARKET BLUES BANDのライブが近づいてきました!
10/5 (火) 20:30〜 at  Vee Jay です。
ゲストは松っちゃん(From楽バンド)イエーイ!
Vee Jayで注文時ひそかにマスターに愛情一杯ってたのむと
得をしますよぉ〜(特に女性の方!おっさんは努力次第!)
9月は最近までものすご〜くっ!暑かったけど、中旬になりお彼岸さんが近づくとだんだん涼しくなってくれて、ほんまによかった〜(年寄りか!)
暑さから解放され、身も心も楽になり、
Blues CDなんぞ聴こうとCDを探していたらBluesのポストカードを発見!
ウルフさん何処で演奏してるの?
B.B、少年時代ちゃう?
「おっ!なんや!かっこええぞこれ!」
ロバート・ジョンソン
「よし、仕事場に貼ってBlues heartを高めよう!」
ポストカードの写真の中で目に留まったのが、ウォルター・ホートンの隣でギター持って
るおじさん(jimmy De Berry)が西やんにクリソツで思わずコーヒーを吹き出しそうになってしまった。
どうみても西やんやでぇ〜!

では、10/5に会いましょう!

2010年9月4日土曜日

三島で寄り道/御殿場で驚いた!・富士総合火力演習

8/29日,御殿場での自衛隊富士総合火力演習がメインだったのだが、前々日インターネットで目に留まった(沼津港直送の地魚・居酒屋)の文字に翌日土曜日は仕事をしていたのだがお昼頃に「え〜い、もう行くぞ!」と静岡県三島へGo!
12時頃四日市出発〜富士川SAで小休止〜16時に沼津を出て、頼りのカーナビが壊れて道に迷う・・(スイッチONにすると現在地からマッハのような速さで矢印が走りすぐに県外や太平洋を走っている?なんじゃこのナビ・・なんで沼津市にいるのに、反対向いて走って知多半島まで行くねん!!浜松らへんではなぜか東京の方案内しとったし?暑さでやられたんちゃうか??・・)
それでも時々治っていてくれとナビに目をやると静岡-長野県境・・10分後は名古屋市内など・・画面にはここ以外のところばかり・・「こいつ・・なんか、めっちゃテンション下がるなァ・・」
「わたし、ナビ見とったら頭おかしなってきた・・」と、かみさんも呆れている。

沼津市で迷い、三島市で迷い、どうぞ、こうぞ17時頃ホテル着!(ホテル近くで何気なくナビのスイッチを入れると「間もなく目的地付近です!」《な、なんじゃこのナビ!なめとんのか!!》
近くに沼津港直送の魚が食べれる居酒屋をかみさんが見つけ、早速「生ビール、生ビール!」心のなかで呪文のように唱えつづけて5分ほどで[丸天]という居酒屋へ・・店名が丸天というだけあって名物は円柱形の超ドデカかきあげ(桜エビ、しらすなど具だくさん・直径12〜3cm,高さは20cm以上はある。)みたいで、近くのテーブル(4人組)でビルのようにそびえていた。
「あれはちょっと2人では無理やなぁ」
新鮮!
新鮮!

めっちゃ空腹だったので、
生桜えび、生しらす、あら煮、しまあじとまぐろとろのお造り、まぐろとろ串を注文!
沼津港の魚を看板にしているだけあって安くてどれも強烈に美味く、新しい!
しまあじ、まぐろは泣けるほど美味い!
焼酎小ボトル¥1000も安い!(6杯は飲める!)
とろ串はボリュームたっぷり!
美味い料理に、ビール・焼酎をぐび!ぐび!ぐび!「しゃ、最高〜っ!」
〆は蟹のみそ汁!
ちなみに生しらす¥350・まぐろとろ串焼¥315(安いで〜!)
8/29は「自衛隊富士総合火力演習」となかなか迫力のあるタイトルのついた演習を見に一路御殿場へ!6時前に御殿場駅からバスで演習場に向かう。
特殊工作隊(by野生の証明)か?
始めての演習場の爆音や超規律正しい自衛官に二人ともかなりビビったであります!(敬礼)(観客約5万人、チケット入手倍率駐車場付は200倍、駐車券無しも平均28倍!ちなみにこの日ボクらは前列から8列目!ええ場所GET!)
F-2戦闘機の爆撃で始まり、戦車にバズーカ砲、ミサイルなど撃って、撃って、撃ちまくり、はるか上空からは落下傘部隊が!まさに自衛隊火炎SHOW「これ、いったい1発なんぼするんやろ?」
とにかく爆音と振動がすごく、砲撃の瞬間は空気が揺れる!鼓膜が痛い!「マジで!」
ティッシュを耳に詰め込み次から次へと緊張感の広がる火炎演習に釘付けになった。
ボクらはとても無知でただただ驚いているだけだが、となりのカップル、後の同年代風4人組、斜め前の家族の会話をひそかに聞くと、「砲弾が命中してから、音速は秒速350メートルだから後3秒で爆音が聞こえる」ととなりのカップル
「あの、りゅう砲弾は155mm砲だから飛距離は・・mmだ」斜め前の家族
後からもかなりマニアックな会話がずっとされている!おもわずまわりを見渡すと、かぎりなく多数の迷彩柄やカーキ色Tシャツを着るまわりのマニアっぽい人たち!耳栓無しで爆音を聞き、空を見つめ歓喜の笑みを浮かべる人々・・
「な、なんじゃ!この連中!!」「こっ、恐っ!」
ボクがいる最前列は5万人の観客席の中でものマニアむけエリアだったのです。
でも、この砲弾の1発、1発が人殺しの道具と思うと、恐ろしくてなぜかマニアックな人の様に見れないのでした。